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【part1】セルフマネジメントに関する考察(グランドデザイン設計の重要性)

セルフマネジメント 作業効率

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僕の生活は基本的にかなり自由な時間が多い。自由とは言っても、これでも一応博士課程の学生なので、自由に遊んでていいというわけではなく、論文執筆や研究発表の準備のために作業のペースをコントロールしつつ活動しなくてはならない。僕みたいな自堕落な人間にはそれは至難の技で、実際今年度はかなりダラダラ過ごしてしまった。年が明けて、新たな気持ちで前に突き進んでいこうと思ったのだが、如何せんいままで漠然とやりたいことを勢いだけでやってきたので、ある程度の経験はあるにしても、おそらく根本的な方法論は何も身についていない。もはや漠然とやりたいことをやっているだけではいけない段階に来ているので、何か方法を考えなくてはならない。明確な目標設定、集中力を高める方法、強いメンタルを養成し維持する方法などなど(怪しい自己啓発っぽくも見える)。これらのセルフマネジメントの方法論を確立するために、本やネットの記事を参考にしつつ、時々このブログにまとめてみようと思う。基本的には自分のために書いているので万人向けではないと思うが、そこらへんはご了承ください。

1回目のテーマは「グランドデザイン設計の重要性」と題して、考察を重ねてみる。

グランドデザイン設計の重要性

最近、指導教官に「キミにはグランドデザインがない。それがなければ個々の行動にも移れない。過去に固執するな」と言われてしまった。こんなことを指導教官に言われている時点で僕が相当未熟であることが察せられるとは思うが、実際未熟なのだから仕方がない。言われてみれば確かにそうで、与えられたタスクを処理する能力はあったとしても、自分からタスクを見出し、計画的にそれに取り組むのはかなり苦手である。何よりも個々のタスクがどれだけ自分にとって意味があるのかに疑問を抱いてしまって行動に移せないということが多々あり、それは結局個々のタスクをグランドデザイン的な視点で捉えられていないことによるのではないかと思っている。こういうことを考えていると、ふと青山景の『ストロボライト』を思い出す。

ストロボライト

ストロボライト

 

あらすじの説明は(長いし難しいので)省略するが、作中で主人公が教授との会話という形をとって、"間テクスト性"の概念について語られるシーンがある。教授は主人公に次のように語りかける。

テキスト間においては時間は直線ではなく、後から来ていたものが先に来ていたものの原因になる。

テクストにおいては結果が原因を作ると言える。結果があって初めて原因が原因であると認知される。現在の記述は未来の記述によって意味づけられている(伏線なんかはわかりやすい例になるだろうか)。この作品の主人公は「書くこと」「語ること」を通じて因果関係を構成し、自身の青春の意味づけを行なっていく。

グランドデザイン設計が重要であるのは、それが自身を「物語として語られるべき対象」として見ることに繋がるからである。我々はそれを通じて現在に意味付けを与えることができる。「結果」としてのグランドデザインを与えることでそこに物語が生まれ、現在がその「原因」としての役割を担うことになる。もちろんその「結果」に確実性はないが、少なくとも現在の生に意味を与えることは可能になる。ある意味で精神医学者のヴィクトール・フランクルの言うような「態度価値」として生きる意味を与えたことになるのかもしれないが、まだそこまで深くは考えていない。興味のある方はこれを読んでみて欲しい(正直ほとんど内容忘れてしまった・・・)。

それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う

 

次に、グランドデザイン設計を実践し成功を収めた人として、全日本女子バレーボールチームの元監督であり、どん底状態のチームを立ち上がらせた実績を持つ柳本晶一の記事を見てみたいと思う。

www.ntt-west.co.jp

上述のことを踏まえてこの記事を読むと、いくつか発見があった。

  • 目標を「公言」することによってグランドデザインを確固たるものにする
  • 物語の章立てを行うことで、逆算可能で現実的な計画が立てられる

やはり人間なのでグランドデザインが何かの拍子にぐらついてしまう瞬間はある。それをできる限り避けるために「公言」してしまうのである。まあそんなこと日常的によくやってるし、特筆することでもないでしょと言う人もいるかもしれないが、個人で活動することの多い僕にとってはかなり大事で、実はあまり「公言」する機会というのはそう多くない。小中高時代にそのような「公言」をさせられる機会が多く与えられているのは、教育的に一定の効果をあげているのではないかと思う(もっともその重要性に気づくにはずいぶん時間を要したが…)。これが一つの発見である。二つ目は物語の章立てである。現実問題、あまりにも壮大なグランドデザインを掲げても、個々の行動に意味付けを与えることは難しい可能性がある。我々が明確に現在を動機付けるには、グランドデザインと現在がより密接な関係にある必要がある。伏線になるのかわからないような伏線を張るなってことである。まあでもどこまで細分化して考えるべきなのかは個人の感覚によるかもしれない。ここらへんもそのうち深く考えてみたい。

 

まとめ&次回予告

全体を通して当たり前のことしか言ってないような気がしなくもないし、結果普通のことしか言ってないじゃんとも思うが、我々は「意味への意志」から逃れることができないわけで、今回のブログで計画するということへの意味を(簡単ではあるが)与えることができたのではないかと思う。次回からはもう少し実践的なことも書き綴ってみたいと思う。バーイ